ベンチャー・スタートアップが最低限押さえたい労務管理9つのポイント
初めて従業員を雇う際、何から手をつけていいかわからないという方は多いのではないでしょうか。
法令違反や従業員とのトラブルを避けるため、ベンチャー・スタートアップも最低限押さえておきたい労務管理のポイントは以下の9つです。
- 社会保険・労働保険への加入
- 労働条件通知書・雇用契約書を作成する
- 36協定を締結する
- 勤怠管理をする
- 法定三帳簿の作成・保管(勤怠簿/給与台帳/従業員名簿)
- 就業規則を作成する
- 業務委託契約と雇用契約の違いについて理解する
- 給与計算について理解する
- 未払い残業代に注意する
それぞれについて以下で詳しく解説します。
①社会保険・労働保険への加入
法人の場合、従業員がいない代表のみの会社であっても社会保険に加入する必要があります。
また、正社員・アルバイトなどの雇用契約の形態に関わらず、1人でも従業員を雇用した時は労働保険への加入が必要です。
労働保険に加入することで、労災が発生したときに保障を受けることができます。
週20時間以上勤務する従業員がいる場合は、労働保険と合わせて雇用保険の適用、従業員の雇用保険加入も義務となります。
従業員が加入対象になるかの判断ポイント
加入対象従業員 | 役員 | |
---|---|---|
社会保険 (厚年・健保) | ・正社員 ・1週間の所定労働時間・1月の所定労働日数が正社員の4分の3以上の者 (一般的に週30時間以上勤務する者が対象) | 加入する |
雇用保険 | ・週20時間以上勤務する者 | 加入できない |
労働保険 (労災) | ・雇用契約の者は全員(業務委託は対象外) | 加入できない |
各保険の加入手続き
それぞれの保険へは、申請書類を以下に提出することで加入できます。
持ち込み、郵送も可能ですが電子申請が便利です。
申請書類提出先 | |
---|---|
社会保険(厚年・健保) | 管轄の年金事務所 |
雇用保険 | 管轄のハローワーク |
労働保険(労災) | 管轄の労働基準監督署 |
管轄は会社がある住所地によって決定されます。
②労働条件通知書・雇用契約書を作成する
トラブルを避けるために、従業員を雇用する際は必ず労働条件通知書・雇用契約書を作成し、書面で契約を交わしましょう。
労働条件通知書で労働条件を明示することは、労働基準法にて義務付けられています。
労働条件通知書で明示すべきことは法律で決められています。
- 必ず明示しなければならない事項(絶対的明示事項)
- 会社で定めがある場合は明示しなければならない事項(相対的明示事項)
絶対的明示事項 | 相対的明示事項 |
---|---|
・労働契約の期間 | ・退職手当の定めが適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払いの方法並びに退職手当の支払いの時期に関する事項 |
・期間の定めのある労働契約を更新する場合の基準 | ・臨時に支払われる賃金(退職手当を除く。)、賞与及びこれらに準ずる賃金並びに最低賃金額に関する事項 |
・就業の場所及び従業すべき業務 | ・労働者に負担させるべき食費、作業用品その他に関する事項 |
・始業及び終業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日、休暇並びに労働者を二組以上に分けて就業させる場合における就業時点転換に関する事項 | ・安全及び衛生に関する事項 |
・賃金(退職手当及び臨時に支払われる賃金等を除く。)の決定、計算及び支払いの方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項 | ・職業訓練に関する事項 |
・退職に関する事項(解雇の事由を含む。) | ・災害補償及び業務外の傷病扶助に関する事項 |
・表彰及び制裁に関する事項 | |
・休職に関する事項 |
労働条件通知の内容について、就業規則を作成している場合は「就業規則による」とすることも可能です。
また、「労働条件通知書兼雇用契約書」として1枚の書面にまとめても問題ありません。
③36協定の締結
残業が1分でも発生する場合は、36協定を作成し労働基準監督署へ届け出ることが必要です。
36協定で規定できる残業時間の上限は一般的には1か月45時間・年間360時間です。
45時間に収まりそうにない場合は「特別条項」付きの36協定を締結することで、最大で月100時間未満・年間720時間以内を上限とすることが可能になります。
従業員の勤務実態と照らし合わせ、適切な時間で協定を結びましょう。
④勤怠管理
労働基準法により、会社は正確な勤怠管理が義務付けられています。
勤怠管理はリモートワークやフレックスタイム制、裁量労働制の場合であっても必要です。
タイムカード、Excel等での管理でも正確であれば問題はありませんが、給与計算システムと連携できる勤怠管理システムを導入すると毎月の給与計算の時短にも繋がります。
裁量労働制とフレックスタイム制
ベンチャー・スタートアップではフレックスタイム制・裁量労働制を採用することも多いです。
それぞれの特徴は以下の通りで、いずれも勤怠管理・深夜や休日労働の割増賃金は必要です。
裁量労働制 | フレックスタイム制 | |
---|---|---|
特徴 | 実際の労働時間に関わらずみなし労働時間働いたとみなす | 決められた総労働時間のなかで、従業員が自由に出退勤時間や1日の労働時間を決められる |
勤怠管理 | 必要 | 必要 |
深夜割増手当 | 必要 | 必要 |
休日出勤割増手当 | 必要 | 必要 |
固定残業代を支給している場合
上記を合わせて、固定残業代を支給している場合でも勤怠管理をして残業時間を把握する必要があります。
固定残業時間を超えて残業した場合は追加でその分の残業代を支給しなければならないためです。
⑤法定三帳簿(出勤簿・賃金台帳・従業員名簿)の作成・保管
出勤簿・賃金台帳・労働者名簿は作成・保管が法律で義務付けられています。
必要な項目を満たしていれば、様式は特に決まっていません。
労務システム、給与システム、勤怠管理システム等のシステムを利用している場合はマスタ情報を登録するだけで自動で出力することができます。
⑥就業規則の作成
労働基準監督署への届出は従業員が10名を超えてからですが、従業員とのトラブルを避けるために早めに作成するベンチャー・スタートアップも少なくありません。
就業規則は会社のルールブックであり、勤務時間や給与、解雇手続きまで重要な事項を定めるものです。
厚生労働省の雛形をベースに自社で作成することもできますが、作成に慣れていないと必要な条文が不足してしまうことも。
⑦業務委託契約と雇用契約の違いについて理解する
創業時は雇用契約ではなく、業務委託契約で人材を募集し契約することも多いかと思います。
その際に注意しなければならないのが、偽装請負になっていないかということです。
- 勤怠管理をしている
- 作業内容に細かく指示を出している
- 社員と同様の基準で報酬額を決定している
といった場合は偽装請負(=実態としては業務委託契約ではなく雇用契約になっている)とみなされる可能性が高いです。
雇用契約であると判断されれば、社会保険への加入や残業代の支払いが義務となるため、遡って支払いを命じられると大きな負担となるため注意しましょう。
⑧給与計算について理解する
細かいルールが多いため給与システムを使用していても難しく、給与計算を苦手に感じている方は多いのではないでしょうか。
Excelなどでの計算はミスが起こる可能性がとても高くなるため、給与計算は専用のシステムを使用しましょう。
複数の担当者や外部の税理士・社労士と連携しやすいクラウド型のシステムがおすすめです。
給与計算システムを利用すると毎月控除する社会保険料・所得税などを自動で計算してくれるためミスが少なくなります。
システムを利用した上で、
- 入力した金額や勤怠情報に誤りはないか
- 給与額が最低賃金を下回っていないか
- 残業代の計算が正しくできているか(システム上の設定に誤りがないか)
- 保険料や所得税・住民税の控除が正しくできているか
などについては自身で確認する必要があります。
従業員が増えてくると煩雑になり工数がかかる給与計算は、専門家に外注するのも選択肢の一つです。
賞与を支給する場合
賞与を支給する場合も社会保険料・雇用保険料・所得税を控除して支給する必要があります。
少額のインセンティブやリファラル採用分の報酬の場合も同様で、上記を控除せずに「そのままの金額を現金で手渡し」ということはできません。
賞与の代わりにストックオプションを付与する場合
賞与の支給に変えてストックオプションをインセンティブとして付与する場合、ストックオプションは就業規則や賃金規程では規定しないことも多く、別途設計が必要になります。
設計する項目は、付与対象者・付与数・権利行使期間・権利行使価格などです。
⑨未払い残業代に注意する
ベンチャー・スタートアップがIPO準備をする際、「未払い残業代が発生していないか」は必ず調査項目となる重要な論点です。
IPO準備には2年間の期間がかかりますが、未払い残業の消滅時効は3年。
IPO準備中に未払い残業代を遡及支払いしなければならない事態も多く発生しています。
中でも問題になりやすいのが管理監督者について。
未払い残業代について、「管理監督者なので残業代を支払っていなかった」というケースがみられます。
確かに労働基準法上の「管理監督者」に該当する場合であれば、残業代の支給は不要です。
しかし、一般的に想定される「管理職」と労働基準法上の「管理監督者」には大きな違いがあります。
管理監督者の要件
- 経営者と一体的な立場である
- 会社に労働時間を規制されず、出退勤の自由がある
- 管理監督者の地位にふさわしい待遇がされている
未払い残業代について裁判になった場合、対象の従業員が本当に管理監督者に該当するのかが争点になります。
また、管理監督者に該当する場合でも勤怠管理や22時〜翌朝5時の労働に対しての深夜手当の支給は必要です。
まとめ
会社の創業時はしなければいけないことが多く疎かになりがちな労務管理ですが、リスクを考えると早めに整備しておくのが安心です。
本記事では最低限押さえておくべきポイントを紹介しましたが、人事制度や退職金制度の設計など、会社が大きくなるにつれて労務周りで必要なことはさらに増えていきます。
手が回らなくなる前に社労士など専門家に相談しましょう。